「西蘭花通信」Vol.0698 生活編 〜使い切って生き切って〜                 2014年7月2日

私は非常に質素な生活をしております。そして何でも使い切る、という生活を久々に取り戻しています。幼い頃は、何でも使い切ってから新しいものを得ていたでしょう。違いますか?衣服もあるものを着つぶす、くらいの思いです。鞄とかは好きだけど、もうお仕事にも行ってないし、有るもので十分。(中略)

無駄の多い、本当に物に申し訳ない生活をしておりましたわ。だから、今は使い切る、何を持っていて、どれだけ使えるのか、どう使っているのか、そんなことをいちいち考えながら生きています。少しは、丁寧に生きれるようになってきたかな。若い時は、足し算かかけ算の生活をしていたような。今は引き算の生活です。でも、心はその分豊かになってくるようです。楽しい日々ですよ。本当に。

J姐、無断転載ご免。香港時代の定年退職した元同僚からのメールです。日本の金融機関の定年退職は55歳のところが多いんですね!元同僚が続々と出向したり退職したりして、
「えぇぇぇえ!もう?」
と驚いて知りました。私も移住せず、かつ数年に1度オリンピックかワールドカップのように確実にやってくるリストラを生き延びていたら、あと2、3年でテイネンタイショク!実感がわかな過ぎて、つい音だけ表記(笑) うーむ。

「若い時は、足し算かかけ算の生活をしていたような。今は引き算の生活です」
という件(くだり)に思わずニンマリ。私も全く同じことを4年前に言っていました。
「足し算どころか掛け算の勢いで生きてきた私にとり、その減り方たるや割り算の勢いかもしれません。」(〜人生の片付け〜より)
これは人生とがっつり四つに組んでこそ実感できる、後半入りの手応えではないでしょうか?

彼女も言う「質素な生活」「着つぶす」「有るもので十分」というのは、移住以来10年間、腰の座った実践ぶりです。着つぶしたTシャツはさらに雑巾にし、ボタンのある服なら全部ボタンを切り取り、同じ種類ごとに小さな袋に入れて寄付したり、ボランティア先のチャリティーショップに寄付されてくる服の中でボタンが取れている物を見つけると家に持ち帰り、手持ちの物を付け替えたりして再利用しています。

それでもハっとさせられたのは、
「今は使い切る、何を持っていて、どれだけ使えるのか、どう使っているのか」
という件でした。まさに今年に入ってから「使い切る」ということを意識し始めていました。2年前までは4人家族の上に、食べ盛りのティーンエイジャー2人を抱え、食材などいくら買い置きしておいてもどんどん減っていきました。なので意識すべきは「切らさない」ことだったので、180度の転換です。

食材は毎週使い切っていれば、常に新鮮で旬なものを口にしていることになります。私は元々食材や調理した物を小分けにして冷凍保存したり、冷凍食品を食べる習慣がないので、我が家の冷凍庫に入っているのは春巻きの皮だの、出汁をとるための鯛の骨だの、シーフードミックスだの、旬ではない時期を乗り切るためのレモンの皮ぐらいですが、賞味期限の長い缶詰や乾物はけっこう保存しています。長年の4人家族の習慣でつい多目に買ってしまいがちですが、最近は務めて減らすようにしています。

在庫を減らすとメールのように、「何を持っていて、どれだけ使えるのか、どう使っているのか」ということにもっと気を配るようになり、少量を満遍なく使い、在庫を上手く回すためにメニューへの工夫が増えたように思います。何でも十分に揃えていた頃は、メニューを決めるばかりで「何を持っているか」ということは意識していませんでした。小さなことですが、気を配ってきちんと回すだけでも生活の代謝が上がるような気がします。

本当に必要なものがわからないと、「とりあえず買っとけ」「とりあえず持っとけ」と物が増えがちで、安売りだったり、話題の品だったりすると「とりあえず」に拍車がかかります。もちろん、深く考えずに買ったものが愛用品となり、末長く役立つこともあるでしょうが、
「なくてもよかったなー」
とこっそり処分するものも相当あるでしょう。

「いちいち考え」「丁寧に生きる」という心がけ一つでマメになり、物を大切にし、結果的に有るもので済ませられるようになってきたようです。その心がけを支えているのが、今までさんざんやり尽くした無駄への反省、漠然とした人生後半への自覚、そして時間、ではないかと思います。心がけはあっても、子育てをしながらフルタイムでバリバリ働いていたら、どうしても時間をお金で買わざるをえず、足りないより余るほうがましなのです。それもまた経験と学習です。その時は無駄にしても反省から学べばよいのです。

使い切ることの連続で知る、自分の適量。
過不足のない心地良さで悟る、欲の消滅。
そして行き着く、
「心はその分豊かになってくるようです。楽しい日々ですよ。本当に。」
という境地。使い切ることは物だけではなく、お金も、労力も、時間もでしょう。丁寧に時間を使い切ることはまた、生き切ることなのではないでしょうか。まだまだ学ぶことばかりの日々。なかなか奥深いです、50代。

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マヨネーズ」

J姐は移住前の我が家にご主人とバンで駆けつけてくれ、誰よりもたくさんの物を持ち帰ってくれた人です。
「本当に要らないの?」
「もったいない。」
と何度も呟きながら、クルマに詰め込めるだけ詰め、私が「物への殺生」と呼んでいる無駄をぎりぎりのところまで救ってくれた人です。そんな人だからこその今、なんでしょうね。

(この全てが供される街で質素に暮らすこと自体が挑戦です→)

西蘭みこと 

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