「西蘭花通信」Vol.0737 経済・生活編 〜NZの大学学費無料化〜    2018年5月15日

2017年10月に政権交代を果たした労働党連立政権は、公約どおり2018年から国立大学や国立専門学校の初年度1年間の学費無料化に踏み切りました。NZには国立大学しかないため、留学生扱いの学生を除くすべての大学生は1年目の学費が無料になります。学費は学科だけでなく履修する科目数でも変わりますが、息子たちを日本とNZの大学に同時に通わせていた経験からいえば、日本の国立大学とほぼ同額の感覚です。

NZでは高校を卒業し18歳で成人すると、ほとんどの生徒は自力で進学します。全日制の学生になるだけで18歳以上なら国から学生手当てが給付されます。これは給付金なので返済の義務はありません。親と同居している場合は親の収入やきょうだいの人数など条件が付くものの、この国では学生をしているだけで国からお金がもらえるのです。これをあてにして、通学圏内に実家があっても独立してしまう生徒が大勢います。24歳以下の満額は週227NZドル、80円換算で1万8,160円、月額約8万円です。

さらに国が提供する無利息の学生ローンもあり、この2つが自力での進学を可能にしています。生活費としては週最大229NZドル(1万8,320円)まで借りることができ、学生手当てとともにどちらも満額までいければ月額16万円に相当します。「これで1年目の学費がタダなら大学行こうか?」となる生徒が増えても不思議はありません。

次男・善(21歳)は2017年に大学を卒業し、学費の無料化にはかすりもしませんでした(笑)我が家の場合、アジア系の多くがそうしているように、親が学費を全額出しました。自宅がシティーまで電車で10分という立地だったこともあり、善は私の上げ膳据え膳に手弁当、夫の洗濯と月100NZドルのこづかい付きで家から通学し、まだ家にいます。            (壇上はまるでハリーポッター(笑)→)

そんな善が今、非常に懸念しているのが、「大学に行くつもりがなかった子が、学費がタダになったからと進学する」ことです。この場合の「大学に行くつもりがなかった子」とは、大学入学資格ぎりぎりの成績で、「学生ローンを背負ってまで進学しても」と躊躇っていたところに、学費無料化という妙味に釣られて方針を切り変えた生徒を指します。

「大学の勉強ってホント大変だから、ぎりぎりで入って来た子ががんばってもまず上には行けないんだ。そういう子にとって勉強は先生から教えてもらうもので、自分でするものじゃないから、勉強の仕方がわかってない。でも大学なんて勉強を教えてくれるところじゃないから、何百、何千という生徒の中でどうしていいのかわからなくなっちゃうんだよね。で、やめちゃう子も多いし。生徒が多すぎて友だちもなかなかできないから、聞く人もいないしね。みんな高校時代の友だちかフラッティング(共同生活)してる子と一緒にいるよ。それでも卒業さえすれば仕事があると思ってるんだろうけど、それがね〜〜〜」

善も一応、就活の真似事で数社の会社説明会に行きました。それさえ成績次第の招待制で一定の成績を修めていないと行けませんでした。特に善は経済だけを専攻し、就職に有利とされるコンジョイント(2学位を同時選択するダブルディグリーに似た制度)を選択しなかったため、3年で卒業となりました。しかし、大半の大手企業は4年以上大学に行っていない新卒者を採用の対象にしていないのです。

幸い善は2年生の終わりに、大学が成績上位者に出すオナーズ(優等)学位への招待を受けていたので、4年履修見込みとみなされて投資銀行や監査法人の会社説明会に顔を出すことができました。そこで聞いてきたのが、「最低でも4年以上大学に行っていないと」という一般的に言われている話だけでなく、
「うちはオークランド大学とオタゴ大学からしか採用しない」
「成績はBプラス以上。それ以下は見ない」
といった企業の本音でした。それを聞き、どれだけ多くの学生が大手企業を目指していながら、そもそも採用の対象外なのかを知り愕然としたそうです。

NZのような小国では一定規模の大手以外は新卒採用がなく、大手でも数名から十数名の枠です。それさえ在学中にその会社でインターンを経験した学生でほぼ埋まってしまいます。新卒採用を逃すといきなり縁故採用か一般採用となり、職務経験のない新卒者は非常に不利になるようです。卒業した瞬間から学生手当ても学生ローンもなくなるので、就活生たちは生活のために学生時代からのバイト先のカフェやレストランでフルタイムで働きだし、働けば学生ローンの返済が自動的に始まるので、その分の手取りが減ります。そうこうしているうちに1年下の後輩たちが卒業してきます。

私は学費無料化の正体は、若年失業者対策だと思っています。ヨーロッパの主要国がすでに導入しているように、学費無料化で一定数の若年層を学生として社会に出さず、失業者数の上昇を抑制するための措置なのではないでしょうか。失業者となれば国が生活保護を負担しなければならなくなるので、学費の方が財政的に安上がりな上に求職に有利な知識や職業訓練が身に付くという考え方です。しかし、これを導入すると後戻りが難しくなります(無料という蜜の味!)。さらに新卒者には厳しくても、雇用市場がまだまだ健全なNZにあっては先手を打ったというよりも、政府にとってより頭の痛い新規雇用の創出を先送りし、若者の受け皿を先に作ってしまったとも解釈できそうです。

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「マヨネーズ」

進学を迷っているのであれば、いつの時代であっても18歳としては重い選択だと思います。私の高校はいわゆる進学校だったので、学校を迷っても進学を迷う人はまずいませんでした。その中で進学しないことを決めた人が非常に大人びて見えました。警察学校、宝塚、片親を助けての就職、ミュージシャンと彼らには明確な道がありました。

西蘭みこと 


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