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Vol.0039 「生活編」 〜楽園の定義〜

5年ぶりに訪れたバリは楽園のままでした。私達が気に入っている極端に限定された一角での定点観測の限りでは拍子抜けするくらい何も変っていませんでした。最後に訪れたのがアジア経済のバブル絶頂期の96年クリスマスでしたから、その後の5年間というのはこの国にとって屋台骨がかしぐほどの金融不安とアジアのどの国よりも深刻な政局不安に見舞われ、揺れに揺れた時期のはずでした。でもそんな薄っぺらな聞きかじりなど何の役にも立たないほど、実際のバリはゆったり、まったり、以前のままでした。


ニュージーランドとバリ。私にとっての二つの楽園はいずれも南半球という以外、一見何の共通点もなさそうな西洋VSアジアの構図ですが、これがどっこい、「実は共通項だらけ・・・」ということに、今回の滞在で気がつきました。私にとってのバリの真髄は観光客で溢れる賑やかなビーチではなく、ひっそりと山間に息づく"芸術家の村"ウブドのことです。ですからNZとの比較と言ってもウブドというごく限定された一角の話となりますが、以下はそんな大胆不敵なみこと流"究極の楽園の定義"のいくつかです。

豊かな緑 NZもバリの山間部もいずれも緑豊かですが、適度に開墾され決して手付かずの大自然という訳ではないところが似ています。NZは見渡す限りの牧草地や植林、片やバリは棚田やココナツがびっしり・・という違いはありますが、緑の中に生活感があり人の気配やぬくもりが感じられるのです。人を拒むような厳しさよりも豊かで温和な風景が続き、何よりもその豊かさが究極のゆとりと心の開放につながっているように思います。

恵みの水 私にとってNZの水の象徴は神聖ささえ漂う純白のフカ滝ですが、バリの場合は至るところにしつらえられた小さな湧き水がその象徴です。香港人にとって絶対の価値観である風水において、水は富の象徴です。ですからオフィスの入り口だの店のレジの横だの、知らない人が見たら「?」というところに、モーターで水が回るようになった"人工湧き水セット"や"ミニ滝キット"がおもむろに置いてあったりします。しかしバリの場合は本当の湧き水がほとんどで、その豊穣感や清涼感は電動仕掛けとは段違いです。これこそが本来の風水が意味するところなのでしょう。こんこんと湧き出る一条の流れ。見ているだけでも心が洗われていくようです。

神々の島 バリの形容詞として最も良く使われる"神々の島"。文字通り朝起きてから夜寝るまで神の存在がそこここに溢れている暮らし。宗教の基本はインドから渡来したヒンドゥー教ですが、すっかり土着化していているので、バリの人たちは見たこともない象を神として崇めるのと同じように生活の隅々に息づいている八百万の神を崇めています。元々が一神教ではない日本人にとっても、しめ縄がしてある巨木だの、神聖な石だのという発想は非常にしっくりくることでしょう。NZにはいたるところに教会があって、表向きは西洋社会としてごく平均的なキリスト教が主体に見えますが、今はなきワンツリーヒルのあの木に寄せたキウイ達の思いは愛着というものを越えた一種信仰に近いものだったように感じます。いずれにも圧倒的な自然の中での森羅万象への崇拝を感じます。神だけでなく人も動物も、あらゆる生きとし生けるものがとても身近かな環境なのでしょう。

創造する人たち これだけの自然に恵まれた人たちがそれを愛でる作品を作り出していくのはごく自然なことなのでしょう。独特の遠近法と色合いのバリ画からお土産屋でわんさか売られている木彫りやペイントされた木のネコまで、バリの人は本当にあらゆるものを手作りしてしまう天才です。そこには"物がないから仕方なく作る"というネガティブなイメージは一切なく、自然の素材をふんだんに使って自由自在にイメージを形にしていく洗練された贅沢が溢れています。NZでも玄関のドア窓に素敵なステンドグラスがはまっていたり、ブリキの風見鶏が手入れされたガーデンの中でクルクル回っていたり、あちこちで匠の業を目にします。誰かの手で無から生じてきた物には知らず知らずのうちに見る者を惹きつけるチカラがあるようです。

自給自足の暮らし 楽園の生活を維持していくためには極度に外部依存することはできません。自分たちの価値観を守り、外からいろんな人が訪れてもびくともしない生活基盤を持ち続けるためにもこの点は譲れないでしょう。バリが経済的に多くを観光客に依存していることは間違いありませんが、アジアのリゾート地で度々目にする痛々しいまでの媚をウブドではあまり見かけません。彼らの宗教心に裏打ちされた地に足の着いた生活のせいかもしれません。合唱舞踏劇ケチャ(ケチャック・ダンス)もウブドで見るものは水準が高いだけでなく、魂が宿っているのを感じます。

NZの自給自足度の高さは言うまでもないでしょう。グローバリズムの権化であったアメリカ企業の昨今のスキャンダルを見聞するにつけ、つい最近まで世界的に信じられていた自分の手に負えないほど生活や事業の裾野を広げることでの無限の繁栄への夢が、今となってはなんと遠くに感じられることでしょうか。ひっそりと、しかししっかりと生きることへの尊さを改めて感じています。

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「マヨネーズ」 バリ初デビューを飾った次男の善。旅行中はご飯があるかどうかが彼にとっての最大の関心事で、これさえ満たされれば「いい"ころと"だね〜("ところ"と言えない)」ということになります。これに味噌汁は無理としてもスープがあって、できたらその中に炊き立てのご飯を入れられたら最高なのです。その点でバリは満点に近い場所でした。朝のホテルのビュッフェにあるソト・アヤム(春雨野菜入りチキンスープ)にご飯を入れてあげたら、「朝からこんなの食べてもいいの?」と目はキラキラ。一口食べたら「ママ、これラージャ?(永谷園のラーメン茶漬けのこと)」ともう極楽♪

西蘭みこと