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Vol.0053 「生活編」 〜ベイブレード経済〜

「ママ、このお金なに?」。滅多に私の財布に入っていない千ドル札(約1万5,000円)を見つけた次男の善が、不思議そうに尋ねてきました。「すごくたくさんのお金なの」「ふ〜ん。ベイブレード何個買える?」「20個くらいかな?」「えぇぇぇぇ?」それまで彼にとって、黄色のよれよれの紙切れにしか見えなかったものが、「ベイブレード20個」分」と分かると、俄然価値ある紙に見えてきたようで、目の色が変わりました。

本来、5歳の子供にとって見慣れぬ千ドルよりも10ドルショップ(日本の100円ショップに相当する実質150円ショップ)でいろいろなものが買える10ドルコインの方がよほど身近で価値あるものなのです。「でも10ドルではベイブレードが買えないけれど、20個もいっぺんに買えるこの紙って??」と、彼の経済観念はベイブレードを通じて広がっていきます。

ところでこのベイブレードとは?子供、特に小さい男の子と関係ない生活を送ってらっしゃる方にはとんと縁がないものかもしれませんが、さっくり言えばおもちゃのコマです。名前から察しがつくように、ベイゴマの現代版です。テレビで毎週放映されていて、漫画雑誌にも原作が連載されているタカラの大ヒット商品です。往年からの「ウルトラマン」、「仮面ライダー」、「○×レンジャー」(毎年変わる5色に色分けされた正義の味方の5人組。今は「ハリケンジャー」)を始め、近年では「ポケモン」、「デジモン」、「遊戯王」その他諸々、テレビ番組とがっちり手を組んだおもちゃの中ではかなりの秀作です。

どの点が優れているかというと@コマをばらして自分のオリジナルモデルができる、A他人とパーツを交換して、コミュニケーション・ツールになる、B紐のかわりに刻みを打ったワインダーを使って回転をつけるので技術が不要(なので2歳から大人まで同じレベルで勝負できる)、C毎回適当に勝敗がつくので延々と遊べる、D女の子もする、E小さくてバトルに場所をとらないので、持ち運びが簡単でどこでも遊べる、F1個数百円とあまり高くなく、お小遣いで買える、G毎年モデチェンしても古いものもパーツとして使えるので無駄にならないなど、カード系や人形系にはない参加型の楽しみがあるようです。

おもちゃはあまり買わない西蘭家ですが、これだけは子供たちの目つきが変わるので、「学校の成績表に"とっても頑張った"と書いてあった」「柔道で緑帯になった」「ボーナスが出た」など、それなりに理由付けができる時には買うことにしています。特に善にとっては、生まれて初めて自分の興味でハマッたものでもあり、「三度の飯より・・・」のノリです。新しいものを買った夜はワインダーとベイブレード本体をそれぞれの手に握り締めて寝ているほどで、きっと夢の中で大バトル大会が繰り広げられているのでしょう。

今の善にとって価値判断のすべての規準と言っても過言ではない、ベイブレードを中心とした価値のヒエラルキーを、私は"ベイブレード本位制経済圏"と呼んでいます。ベイブレードを介して価値が決まるわけで、昔の金本位制と変わりありません。「映画を見るのはベイブレード2個分」「このケーキ2個で1個分」「マンションの家賃は何百個分」という具合に説明していくと、彼の中にそれまで漠然としていた貨幣価値がどんどん刷り込まれていくのです。先日行った歌舞伎も、見る前に「これを見に来るのはベイブレード3個分なのよ」と言うと、長男はそれなりに期待を持っていましたが、善は「3個買ってお家で遊んでいた方がいい」と正直な感想を漏らしていました。

「モノには価値がある」という経済の基本を身に着けていく一方で、自分でその価値判断をするようになり、やたらと物を欲しがらなくなったのは思いがけない効用でした。「このおもちゃがベイブレード5個分ならベイブレード買った方がいいな」と判断するようになったのです。もちろん親はその代わりにべイブレードを5個も買い与えるわけではありませんので、そこに取捨選択が生まれます。

先日、姑が「あらしのよるに」という全6巻の童話を送ってくれました。毎晩寝る前に1、2冊ずつ読んでいましたが、オオカミとヤギが出会う意外な展開が面白く、あっという間に引き込まれて、とうとう最後の1巻になってしまいました。哀しい最期に読み終わったあと、善もすぐには言葉がありませんでした。「いいお話だね」と小さく言うので「ベイブレードとどっちがいい?」とちょっと意地悪な質問をしてみました。すると彼は少し考えてから、黙って本を指差しました。ベイブレードを通じて、モノでは計れない価値もあるということも学んでくれたようでした。

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「マヨネーズ」  ニュージーランド移住の師と仰ぐレディーDが「ベイブレードって何ですか?」というメールを下さった時には、「やった♪」と思わずガッツポーズでした。彼女にも小さなお子さんがいらっしゃるのでそれでも知らないとなると、かの地には未上陸か、あってもごく限られたものなのでしょう。

際限ない物欲をかきたてるこうしたおもちゃは、扱いを間違えると親も子も大変な思いをするので、親としてはなければないで越したことはありません。「○○ちゃんは20個持ってる」、「あの子は1個しか持ってない」という比較が、無用な上下関係や優越感、劣等感を植え付け、果てはその家のお金の使い方、親の価値観など、本来子供同士の遊びに必要のないものまでを彼らの関係の中に持ち込んでしまう恐れがあるのです。でも、それを越えながら学んでいくものがあるのもまた然り。モノで溢れかえる香港にいる間は親子でその中を泳ぎわたっていくしかなさそうです。

西蘭みこと