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Vol.0060 「NZ編」 〜QTの馬鹿正直者 その2〜

それはクイーンズタウンでの二日目のことでした。湖畔の公園で子供を遊ばせるために路上のパーキングに車を入れようとしたのですが、あいにく公園近くでは長い時間駐車できる場所が空いておらず、他へ回ろうとした時、ちょうど女性が現れ、車に乗り込みました。ラッキー♪。車を出そうとしているのは明らかでした。

斜めに駐車するようになっていたので、彼女がバックで車を出してくるのに邪魔にならないよう、その先に横付けするように車を停めて待ちました。すぐにエンジンがかる音がして車が出てきました。ところが。その車は私たちの想像を遥かに超えるスピードでバックしてきて、頭を進行方向に出そうとハンドルを切りました。「ぶつかる!」と思った瞬間、二台の車はお尻の角をぶつけ合っていました。

緊張が走ります。バンパーに多少傷が入ったぐらいの、たいした接触ではないだろとは思ったものの、「子供が乗ってる」、「あんなスピードでバックしてくるなんて」、「後方不注意」と、自分たちの言い分がパパパパパッと頭に浮かび、夫婦とも一瞬にして完全防衛モードに入っていました。「しかもこれはレンタカー。いくら保険に入っているとはいえ、ややこしくなったらヤだな」と、次から次へと自分たちの事情が頭をかすめ、「ああ、ついてない」。子供ばかりが後部座席で、「何事か?」と事の展開に目をキラキラさせています。

「こういうシチュエーションで"I'm sorry"と言うのは愚の骨頂」、というのは海外生活経験のない人でさえ、世界共通の常識として認識しているのではないでしょうか。特にアメリカでは「言ってしまったが最後、いくら請求されるかわからない」という最もらしい理由のもと、絶対に"I'm sorry"と言ってはならず、自分に落ち度があっても" Are you all right?"と言うべきだと、まことしやかに信じられてはいませんか?少なくとも私はそう信じていました。

車を運転できない私は、日頃から非常に安全運転の夫が、「信じられない。全然後ろ見てないよ。あっぶないな〜」と言う一言だけを頼りに状況を判断し、「私たちは全く悪くない」という強い姿勢で車を降り、当然ながら不満をわかり易くにじませたかなりの仏頂面で臨みました。「当然相手も世界の常識を踏まえ、" Are you all right?"と言ってくるに違いない。そこから白々とした会話が始まり・・・」と事の展開を読んでいました。

と・こ・ろ・が。 " Are you all right?"の代わりに聞こえてきたのは、意外なことに「すいませ〜〜〜ん」という軽やかな日本語でした。「アタシったらぶつけちゃって・・・ゴメンなさいね。え?レンタカー?あぁ、良かった。じゃ、あとは保険屋ね・・・」とその後も滑らかに続いていく、日本語+お詫び・・。コレっていったい?私の読みは根底から覆され、知らずに知らずに入っていたチカラが体から抜けていくようでした。いかにもここで暮らしているらしい場慣れた感じの日本人ドライバーは、「お名前を・・」と言うまでもなく名前、住所、電話番号、車のナンバーをさらさらと言ってくれました。

彼女のまっとうで大人な受け答えにまず驚き、旅行者の私たちを慰めてくれんばかりの心遣いに恐縮し、入ってしまえる穴がないか足元に視線を落とさざるを得ませんでした。「悪いと思ったらまず謝りなさい。それからどうしたらいいか考えなさい」などと、日頃から子供に対してわかりきったような口をきいていたのは、まさにこの私です。自分たちに落ち度があったかどうかなど考えてみるまでもなく、当然相手も同じことを考えているであろうとたかをくくり、「どうやり合うか」だけしか頭になかったお粗末な私の守備。彼女はそれをいとも簡単に跨いで、寒々とした狭い心の庭に入ってきてしまったのです。

完敗でした。もともと戦いですらありませんでした。それぞれが保険屋とレンタカー屋に電話を一本入れれば済むことでした。私たちは物慣れない上、あまりの大人気のなさに二重の無知をさらし、それでもばつの悪さをカモフラージュするかのように不機嫌面のままでした。彼女が手順を説明してくれるのを「はぁ」、「へぇ」と聞いているうちに、それも間抜け面に変わり、傍から見たら何度聞いても道が覚えられない呑み込みのワルい旅行者が、親切な地元の人に道を尋ねているように見えたことでしょう。

ここにも馬鹿正直者が一人。でもこの正直者は私とは比べものにならない深い懐の持ち主で、明るい笑顔と最後は背中を押してくれるようだった対応に、私たちの気持ちのギアはいつのまにかバックからローギアに切り替わっていました。「いい人だったね」。夫と二人になってからしみじみとそう言い合い、それ以上は口に出さずにかなり情けなかった自分たちを個々に反省しました。SHさん。あの時の一家は私たちです。おかげでクイーンズタウンの思い出がもう一つできました。どうもありがとうございました。翌年の保険料が少し高くなってしまわれたかもしれませんね。すいません。どうかお元気で。

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「マヨネーズ」  30ショック!9月30日に一般カテゴリーでのNZ移住のパスマークが10月7日より 30ポイントに引き上げられると発表されました。前回の更新が9月9日だったので、見る見る条件が厳しくなっています。移住を思い立った頃は現地での仕事が決まっていなくても、何とか滑り込みで申請ができるくらいのポイントがあったのですが、家族の合意を得られる状況ではなく、私一人が目がハート・・という状態でした。「家族の気持ちが一つになるまで・・」と思い、機が熟しかけてきたら今度はポイントがうなぎ上りに。今はその意図がわかりませんが、世の中に偶然ということはないそうで、これも天から与えられた何かのための試練なのかもしれませんね。受け立つしかなさそうです。

西蘭みこと