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Vol.0065 「生活編」 〜戦争のある暮らし〜

ここに写っている9名の内5名が犠牲となりました。 私にとっての戦争は、地球上のどこかで常に起きているものでありながら、遠い、行ったこともない、地図上で簡単に指を差すこともできないような国の話でしかありませんでした。ニューヨークで同時多発テロが起きるまでは、平和に暮らす人々にとっても同じことだったかもしれません。あの大惨事をテレビのライブで見た時、とっさに「これは戦争だ」と、思いました。テロは無差別大量殺人には違いありませんが、あの多発テロはたまたまニューヨークで起きたのではなく、明らかにアメリカという国に照準を当てた攻撃に思えたからです。

強い衝撃と言いようのない哀しみに打ちひしがれながらも、ニューヨークどころかアメリカという国にさえ行ったことのない私にとって、やはりそれは遠い国の出来事でした。ただしアフリカの内戦やボスニア紛争とは違い、戦争というものの影がひたひたと背後から忍び寄ってくるのを感じました。内戦や民族紛争に巻き込まれる可能性はほとんどありませんが、テロであれば自分たちが当事者になる可能性は飛躍的に高まります。

あれから13ヶ月。今度は何度も行ったことがある上、最も好きな場所の一つであるインドネシアのバリで同じ悲劇が繰り返されてしまいました。夫はこの爆破テロで「バリ・テンス」(クラブチームによる10人制ラグビー大会)に参加していたチームメート2人を喪い、更に6人のチームメートとガールフレンド2人が行方不明になっています(19日現在)。事件から丸1週間が経過していることから、この8人と再び会える可能性はほとんどありません。現実を受け入れざるを得ないところに来ています。私たちの生活にも、とうとう戦争が入り込んできました。もう影ではなく、目の前に立ちはだかるものとして。

亡くなった2人が笑顔で写っている写真が、すぐ目の前の壁に掛かっています。昨年の「バリ・テンス」の時の写真です。この時、夫は一選手として参加していました。戻って来るなり「すごく楽しかった。来年も絶対行くぞ!」と、言っていたのをはっきりと覚えています。しかし、今年、彼は参加しませんでした。たまたまこの週末が日本と香港双方で連休となり、彼の父(私にとっての義父)の三回忌の法要と次男・善の七五三をまとめて執り行なうのには絶好のタイミングだったため、家族で帰国していたからです。

連休が1週間ずれていたら、夫はバリへ行っていたことでしょう。そして、試合に明け暮れた長い1日の後、チームメートと繁華街のクタに繰り出し、楽しく飲んでいたかもしれません。写真の中、夫の横で腕組みをするクライブ・ウォルトンはもうこの世にいません。クラブのキャプテンに就任し、百数十名の選手を束ねていく矢先に帰らぬ人となりました。享年33歳。その反対側で微笑む人の良さそうなピーター・レコードも。享年32歳。その死はその場に居合わせさえしたら、夫を含め、この写真の中の誰に降りかかってきても不思議ではなかったのです。実際、写真に写っている9人のラガーのうち、今年も参加した5人全員が犠牲者となってしまいました。

生死の境目とこんなに近く、戦争と隣り合わせで暮らしていくことが現実になってしまったのです。この事件以前から、ブッシュ大統領は「月末にはイラク攻撃を始める」と宣言していましたから、大勢の命が喪われることが日常化していくことはあっても、遠のいていく気配はありません。いたるところでセキュリティーが厳しくなり、人は緊張と疑心暗鬼の中で生活していかざるを得なくなるでしょう。幸福を追い求めるどころか、奈落の底のような不幸に見舞われないことを祈りながら・・・。

テロは断じて許されず、人間のなし得る罪悪の中でも最もおぞましく、卑劣なものです。"神"であれ"正義"の名においてであれ、罪のない人の命をいとも簡単に奪ってしまう行為はどうあっても正当化することはできません。しかし、それへの報復に戦争を仕掛けることもやはり間違っていると思っています。泥沼の報復はどちらかの体力が失われるまで続くでしょうし、ベトナム戦争を例に挙げるまでもなくその消耗までには想像を絶する犠牲が払われることになります。追い詰められ、捨て身になった人たちを侮ることはできません。そして、もちろんテロを止めることにもつながらず、憎しみが増幅していけば、どんなに取り締まっても組織は地下深く潜りながら、自らの命をも顧みずに反撃を続けていくはずです。

失われた尊い命と彼らの輝ける未来に報いるためには、どうしても、どうしても、この死を無駄にせず、悲劇の螺旋を断ち切らなくてはなりません。この後も世界のあちこちで罪のない人達の死が累々と続くようであれば、バリでの死もその中のほんの一つとして埋没していってしまうことでしょう。どんなに困難で遠い道のりであっても、報復以外の方法での問題の克服は、残された者すべての責任であると思っています。そして、何の落ち度もないまま、一瞬にしてこの世を去っていかざるを得なかった彼らのことを、いつまでも忘れずにいます。どうか彼らに常しえの安らぎを。地球のすみずみにまで、愛と平和を。

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「マヨネーズ」  そうは言ってみても自分に何ができるかはわかりません。でも思いつく限りのことをしてみようと思っています。戦争が始まったらアメリカ商品を買うのを止め、自分が遣ったお金が米国企業の利益となり、彼らの支払う税金として戦争を継続していく資金の一部に使われないようにしようと思っています。"正義"のためであっても、知らず知らずのうちに人殺しを支援していくことがないように、常にしっかりと目を見開いていようと思います。平和な何不自由なく見える毎日の中でも、"生き延びていく"ということを真剣に考えなくてはならないようです。

西蘭みこと