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Vol.0102 「NZ・生活編」 〜安息日のある暮らし〜

10年前に初めてニュージーランドを訪れた時、最後に宿泊した街はクライストチャーチでした。車での長旅を終え、ゆっくりアンティークショップ巡りでもして、当時暮らしていたシンガポールへ帰るつもりでした。ところが、あいにく夫が体調を崩してしまいB&Bで寝込んでしまったのです。子供もいない頃ですから、薬で昏々と眠ってしまった夫を残し、私は一人で雨上がりの町へ出てみました。その日はちょうど日曜日。エイボン川に架かる橋を越え、地図も持たずに中心部の方へと当てもなく歩いていきました。

営業している店はほとんどなく、フィッシュ&チップスを売っているようなテイクアウェイの店がぽつん、ぽつんと開いている程度。今と違ってカフェもめっきり少ない頃です。「敬虔なクリスチャンが多い街とは言うものの、日曜日はここまで閉まるのか〜」と、"週末は稼ぎ時"というアジアの価値観が刷り込まれた身には、非常に新鮮な眺めでした。それでも、それなりに人通りがあったのはカセドラル(大聖堂)に近い場所だったので観光客がけっこういたからかもしれません。なおも歩いていくと、人影がまばらになりました。そのうち石畳の通りの両脇に、店がずらりと並んだお洒落な商店街の一角に出ました。

ところが、その両側の店はみごとに閉まっていました。どこまでも続く壁に挟まれているようで、自分の足音が辺りに響き渡るような錯覚に陥るほど、人っ子一人いない状態です。思わず時計を見たら、午後3時。信じられないような光景でした。その時、後ろからサッ〜と疾風のような風を感じ、一台のサイクリング車が私の脇を駆け抜けていきました。突然だったのでドキッとしましたが、乗っていた若いキウイのおにいさんも、「こんなところでどうかしたの?」と言わんばかりに、不思議そうに振り向いて通り過ぎていきました。

安息日。そんな言葉がふと頭をかすめました。「ここでの日曜日はただ仕事がない日なのではなく、すべてを休む日なんだろうな」と気がつきました。「みんな、どこに行ってしまったんだろう?」と思いながらも、家で身も心もくつろいでいたり、郊外に足を延ばして自然に抱かれながら一日を送っているのかもしれないと思うと、とても羨ましく感じたものです。日曜こそ勇んでショッピングや映画に出かけるという生活とは対極的で、繁華街しか行くところがないということが無性に"貧しい"生活に思えました。個人的に人込みが苦手なこともあり、この静謐とでも形容したい午後のひと時は印象深いものでした。

今年のNZ旅行は移住準備も兼ねて半分以上をオークランドで過ごしました。2年前より一段と活気に満ち、アメリカズ・カップに向けて世界中からたくさんの関係者が集まり、あちこちでその飾りつけも目にし、町全体が華やいで見えました。景気もいいし、不動産開発も進み、街のいたるところが公共事業で掘り返されていました。NZでこれほど工事現場に出くわしたのは初めてのことです。アメリカズ・カップ関連施設が並ぶ一角は更に盛り上がっていて、お洒落なカフェやレストランが驚くほど並んでおり、どの店にもかなりのお客が入っています。夜はこのままナイトスポットになるのでしょう。

「街が休まなくなってきてる」と感じました。それを可能にするためには、今まで休んでいた時に休まなくなっている人が格段に増えているはずです。同じ流れで、コンビニやスーパーなど24時間営業の店が増え、人がそれを利用して「便利になった」と感じればもう後戻りはないでしょう。私達も実際、スーパーで買いそびれていた洗剤を夜遅くに通りがかりのコンビニで買いました。日本や香港では「それがどうかした?」という行為ですが、ことがオークランドとなると複雑な思いでした。こうやって100万人都市にふさわしい横顔が、一つまた一つと増えていくのでしょうか。

大都市といえども元々こぢんまりとした街。20分も車を走らせ、モーターウェイを使い倒せば目的の場所のかなりに行き着きます。これに不眠不休で時間まで手に入れてしまえば、それこそ都会暮らしの真骨頂。時間を使いこなし、思いっきり欲張って楽しんでいけるのです。まるで自分が万能になったかのように、何でもできると感じることだってあるかもしれません。しかし行き過ぎれば、"もっと、もっと"が際限なく続いて、逆に自分の首を絞める危険性も秘めています。

下手をすると自分の生活に君臨していたはずの自分自身が、いつの間にか生活に支配される奴隷と化してしまうのです。自由自在ながら高くつく都会の生活を維持していくために、せっかく手に入れた時間を楽しみのためよりも、仕事に向けたり、もっと効率よく稼ぐためにストレスの溜まる仕事に就くこともあるかもしれません。休みの日はひたすら身体を休めるかジムで酷使するか、何かに没頭して失った楽しみを取り返そうともします。それは10年前のクライストチャーチの午後の静謐とはまったく逆の暮らしです。そして図らずも、今の私の暮らしでもあります。私にとっての移住は、もう一度自分の生活の主に返り咲くことへの試みでもあるのです。

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「マヨネーズ」 前にもお伝えしましたが、4月から今の仕事を半日にしてもらうことで会社から了承を得ました。もしも交渉がまとまらなければ職を辞すつもりでした。まだ移住申請もしていないのに気の早い話ですし、「お金はできるだけ貯めてくるように」という移住の先輩達の忠告も脳裏をかすめましたが決行しました。今と同様6時前から起き出し、お弁当と朝ごはんを作って子供と夫を送り出し、自分もそのまま出勤して昼過ぎまで働き、昼食をかきこんで掃除機をかけながら洗濯機の1回でも回せば、子供たちが帰ってくる時間。それからその日の話を聞き、夕飯の用意にとりかかり・・・。主婦の平凡な日常なのでしょうが、私にとっては初めての挑戦。たった半日でも練習がしてみたいのです。

西蘭みこと