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Vol.0117 「NZ・生活編」 〜雨の中へ〜

「どうしようかな?」。厚く雲に覆われた空を見上げながら私は迷っていました。けれど、「ええい、いいや。このまま行っちゃえ!」と、手にした傘を下駄箱にしまうと絹糸を引くような小雨の中に飛び出しました。隣の駅まで一駅分歩くつもりでしたが、その日は天気予報通り朝から雨模様で、断続的に雨足が強くなったり弱くなったりしていました。数日後に迫った子供の遠足のために、いろいろなものを用意しなければならず、雨くらいで外出をためらっていては予定が狂ってしまいます。私はウォータープルーフの真っ赤なパーカーを引っかけて家を出ました。

本当のことを言えば雨の中を歩いてみたかったのです。しかも傘なしで。長靴を履いた子供がわざと水溜りの中を歩くのと同じ心理です。ずっと続いていた晴天の後、久々に降った雨。窓越しに「洗濯ができないなぁ」と、恨めしそうに見上げているより、その中に身を置いて楽しんでみたかったのです。大ぶりなショッピングバッグも防水加工がほどこされた厚いキャンバス地。足元は濡れても構わない素足にミュール。用意は万全・・・。

空も地も十分な水気を帯び、道端と言わず土手と言わず、春の草花が久しぶりの雨に瑞々しく輝いています。咲き始めたハルジョンや伸びきったヨモギの葉にも水滴が光っています。芽吹いたばかりの新緑もことさら鮮やかでした。傘を差さないだけで、雨の日の視界がこんなにも広がるのです。行き交う人はみな傘を差しており、濡れねずみで歩いているのは私くらいなものですが、新発見が嬉しくて一人ニコニコしていました。

ニュージーランド人は多少の雨では傘を差しません。これはイギリス人も同じで、息子たちが香港で通っているイギリス系の学校でも、3年生までは登下校での傘の使用が禁止されておりレインコートのみで対応します。NZを車で回っていると、この日の私と同じように、雨の中を傘なしで歩いている人にでくわすことがよくあります。フードを深く被ったり、濡れ髪が額に張り付くようだったり、ポケットに手を入れ視線を落として・・・と、傍目にはあまり楽しそうには見えないものです。こちらは外の天気など関係ない車の中。「大変だな。何であそこまでして傘を差さないんだろう?」と、思ったりもしていました。

しかし、いざやってみると彼らの気持ちが多少なりともわかる気がします。何と言っても傘を持たなくていいのは、すこぶる便利で身軽です。発想の問題ですが、「絶対濡れたくないから傘を持つ」か、「多少濡れても構わないから傘を持たない」かでは、今の私であれば何のためらいもなく後者を選びます。実際に傘を持たずに出かけてみると、傘がいかに"お荷物"かをつくづくと実感します。持っていなければ置き忘れることもないし、建物に入った時に専用ビニール袋に入れたりする手間も無駄もありません。途中から晴れると傘の"お荷物度"は一段と増しますが、持たずに出ればその問題もありません。

そして、視界も開け、雨の強さ弱さ、温かさ冷たさを、直接感じることもできます。雨が降ることが晴れていることと同じように自然で、自分がその自然の中にいることを感じます。もちろん雨の日なのですから、ある程度は濡れてしまうことを厭わないことにします。ただし、思ったほど下半身は濡れないということもわかり、完全防水のジャケットに濡れても構わないジーンズや靴を履いていれば、傘を差した時と大差ない気がします。違いの出る顔もフードの口をしっかり閉められるものであれば襟元まで濡れてしまうことはありません。ただし、完璧なメークや髪型を維持しようと思う人には、ポリシーとしても合わないでしょうからお勧めしません。バッグも防水加工がしてあると安心です。

私が雨を考え直すきっかけになったのは、6才の次男・善の一言でした。日本に来て天気予報を見ていた時、「ママ、ワルい天気ってどんな天気?」と、聞いてきました。「お天気が悪いっていうのは、雨ってことよ」と答えると、「それじゃあ、雨がかわいそう」と、言ったのです。英語の"bad"は"悪い"という意味合いが強いので、それを頭の中で日本語に直訳したのかもしれませんが、「雨がかわいそう」という発想にはドキリとさせられました。現代の都会に住む者は、すべての生きとし生けるものにとっての恵みの雨を、一方的なご都合主義で知らず知らずのうちに絶対悪にしてしまっているのです。

私たちはかつての晴耕雨読の贅沢から、こんなにも遠い、潤いのない暮らしをしているのだと認めざるを得ませんでした。善に教えられて以来、私は意識的に「天気が悪い」とは言わずに「雨が降る」と言うようにしています。善もそれを覚えていたのか、ある日、ベランダから雨を見ながら、「ママ、いい天気だね〜」と、いたずらっぽく言って洗濯を見送った私を下から見上げていました。私も「本当にそうね」と答え、二人で春先の温かい雨を一緒に眺めました。

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「マヨネーズ」 私の傘なしデビューは4月の山陰旅行でした。かなり降られましたが、家族全員が防水ジャケットを持って行ったので、降ったり止んだりの中、荷物を持って移動する身にはとても助かりました。嵐だった鳥取砂丘では砂よけにもなり、松江では雨の中、美しい町並みを見て回りました。4人それぞれがカラフルなウェアを着込み(善は黄色、温は大好きなオレンジ、夫は冷めた色合いながらグリーン・ブルー・赤のコンビ、私は真っ赤)、かなりの雨足の中を歩いている姿は、静かなたたずまいの中で浮いて見えたことでしょう。あまりにもカジュアル度の高い服装ゆえに、名物の鯛めしを食べに行くかどうか迷いました。しかし、美味しいものに目がない私たちは、けっきょくその格好で敷居の高そうな店に行ってしまいました。仲居さんに「これはこれは素敵な色合いのお召し物で・・」と言われ大いに恐縮しましたが、松江藩領主、不昧公発案という鯛めしは美味しかった♪

西蘭みこと