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Vol.0140 「NZ編」 〜南極のなかのNZ〜

南極という場所は人を虜にするようです。歴史上、アムンゼンやスコットなど南極史上の英雄たちが南極点への初到達に向けた記録作りにしのぎを削っただけでなく、現在でも南極基地で働く隊員には、繰り返し白い大地にやってくる人が後を立たないそうです。南極の至言に、「最初の年は、冒険を求めて来る。次の年は、金のために来る。三年目は、ほかに居場所がないから来る」というのがあるそうで、基地で暮らす人にとって、世界は「南極か、南極以外か」に二分されてしまうのだそうです。

・・・と、知ったかぶって書いていますが、この辺の事情は以前、〜肺炎とパンティーとささやかな希望と〜でも取り上げた、「南極点より愛をこめて」(ジェリ・ニールセン著、上屋京子訳、講談社)からのものです。この本は全米でベストセラーになったノンフィクションで、ERのやり手女医だったニールセン医師が公私の行き詰まりを一気に打破するウルトラCとして選んだ南極行きのドキュメントです。しかも、彼女は南極点での越冬隊員として最も過酷な条件に挑むことを選択したのです。しかし、自然環境のみならず、物理的にも精神的にも閉鎖というより密閉されたようなミクロコスモスの中で、彼女は理想のユートピアを見出し、南極がすっかり気に入ってしまうのです。

ところが、そこでの多忙を極めながらも穏やかだった生活が突然終わりを告げます。唯一の医師である彼女自身が、思いもかけない乳がんにおかされてしまったのです。本国からの指示を受けながら、自分で自分を治療してはみたものの限界に達し、最後は氷点下70度、絶対に脱出不可能と言われた冬の南極からの脱出を果たし生還するという、私がくどくど言うまでのこともない感動のドラマです。実話としての圧倒的な説得力はもとより、彼女の知的で軽妙な語り口、楽観的で現実的な考え方、公平で自由、しかも無私な態度は、本当に成熟した大人のもので、同じ女性同士という共感もあり、彼女のキャリアを考えれば雲の上のような人であるにもかかわらず、最初から最後まで感情移入しまくりでした。

この本の中に何度かニュージーランドが登場します。その記述を見て、改めてNZと南極の地理的、歴史的な近さを感じました。まず、アメリカの隊員たちはクライストチャーチ入りし、最終的な準備を整えてから南極に向かうのだそうです。少し長くなるものの、その部分を引用してみます。「気候の穏やかなニュージーランド南岸に位置するクライストチャーチは"チーチ"のニックネームで呼ばれる。航空業界で"CHCH"と表示されるからだ。この明るく緑あふれる都市はマクマード基地(注:南極最大のアメリカ基地)に最も近いため、北米からの人間は大多数がこの街を経由して南極にはいる。」

他にも、「ニュージーランドの人たちは南極とのゆかりが深く、チーチの人間はほとんどが自分で南極へ行った経験があるか、南極に滞在したことのある親友や親戚がいた。会う人だれもが親切にしてくれた」とも、あります。彼女らの一行は南極への飛行機が悪天候で飛べない期間中、「みんなでバスを借り、羊がのんびり草を食む郊外へ出かけてハイキングを楽しみ、クジラを眺め、イルカと一緒に泳いだ」と、正しいNZの休日を過ごしています(他にあまりすることもないという意見もありましょうが)。

しかし、そんな穏やかな日々の中で事件が起きます。医者というだけで、隊員の中で彼女だけが高級ホテルのスイート・ルームがあてがわれ、その逆差別に憤慨した彼女は隊員の中で最も親しい女性警官を誘って二人で宿泊していました。そこへ泥棒が入ったのです。彼女の回想によれば、「怖いというより滑稽な体験だった。忍び込む部屋を間違えたとしか言いようがない。なにしろ、宿泊客は気の立ったERドクターと女性警官だったのだから」という状況で、女性警官は部屋で何をしていたのかと男を問い詰めた上で、「本気で怒らせないうちに白状した方が身のためかもよ」と脅しあげています。

震え上がった男は自分がホテルの従業員でシャンプーを置きに来たなどと見え透いたことを言い、猛女たちはそれがウソに決まっているとは思ったものの、ホテルに事情を説明したり警察で調書を取られたりして「時間をつぶしたくなかった」ので、そのまま男を無罪放免してしまうという肝っ玉!けっきょく、それが虫の知らせだったのか「その夜が開けきらない午前四時、現地の天候が回復したという連絡がはいった」という展開になり、とうとう最終目的地、南極に旅立つことになりました。

親切でフレンドリーな人々、自然に抱かれた素晴らしいアウトドア・ライフはいまさら言うまでもなく、高級ホテルのスイートでの泥棒というところが、私にとってはなんともNZらしく思えました。彼女はたった1週間の滞在で、かなりツボを押さえたNZ体験をしたようです。南極入りしてからも彼女は休暇中にNZの観測基地、スコット基地を訪ね、「南極の住人のあいだではニュージーランド人が世界でいちばんもてなし上手だというのが定説になっている」というのを実感する、楽しい時間を過ごしています(「ミニ西蘭花通信」〜世界一のもてなし上手〜参照)。これもまた、私にとってはなんともNZらしく、このくだりを読みながら一人勝手に悦に入っていました。(多分、つづく)

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「マヨネーズ」 この本はメルマガや「ミニ西蘭花通信」で何度も取り上げていますが、本そのものの素晴らしさに加え、南極というものに初めて目を開くきっかけになったという点で、非常に印象に残っています。越冬隊員として過酷な環境での生活を強いられる中で、人が生き延びていくということを掘り下げて考え、とことん知恵を絞る過程もとても興味深いものでした。そして、この本の中で繰り返し登場する、往年の探検家サー・シャクルトンを知ったことも幸いでした。彼の話は後日また改めて。

西蘭みこと