>"
  


Vol.0142 「生活編」 〜真夜中の一番風呂 その2〜

日本での姑との同居にあたり、姑から出された要望はたったの2点、@午前中の洗濯は遠慮して欲しい、A夜中に一番風呂を用意して欲しいということでした。どちらも私にはお安い御用でした。これらが姑にはどうしても譲れない、何十年来の生活習慣を反映した大切な点であることも良く理解していたつもりです。私はわずかながらも家賃として毎月決まった金額を支払い、食費は母が取り寄せている米と味噌以外を負担し、調理もするということで条件を固め、4月中旬に実際の同居生活がスタートしました。

朝はまず私が起き出し、身づくろいをしてから子供たちを起こして、7時半までには朝食をとり始めます。その頃、姑が自分の部屋から出てくるのでしばらくみんなで談笑した後、子供たちは登校。私も「ゴミ出し・お百度参り・ウサギの餌やり」と毎朝の日課をこなすために子供と一緒に家を出ます。その間に姑は洗濯にとりかかり、いつも戻ってきた時には二層式洗濯機が勢い良く回っていたものでした。私は部屋の掃除やベッドメイキングをして自動車教習所通いの頃はそのまま家を出たりもしましたが、そうでない時はメールをチェックし、拭き掃除を済ませ、いずれにしても何らかの用事があることのほうが多かったのでそのまま外出してしまいます。

昼食を外で済ませてしまうこともありましたが、そうでなければ11時半ごろの母のブランチに合わせて帰宅し、一緒にランチをとりました。昼のメニューは一種類で母の好きなパンのみです。一度ラーメンを作ったところ、「ラーメンはにおって臭いからねぇ」と言われ、麺好きでないこともわかってそれ以降はやめました。二回ほど姑の希望で冷やし中華を作ったことがありましたが、それ以外はすべてパン食で、各人が思い思いに用意します。私は雑食系なので、アボカドをサンドイッチにしたり焼きたてのクロワッサンを買ってきたりと適当に種類を変え、好きな紅茶と一緒に楽しんでいました。しかし、生涯あんなに頻繁にパンを食べたのは初めてで、フランスにいた時より食べた気がします。

昼食の後、姑が洗濯物を取り込み始めるのを機に私の布団干しや洗濯が始まります。そうこうするうちに子供たちが順に帰ってきて、静かだった家の中はかけているクラシックのCDが聞こえなくなるほど賑やかになります。おやつだ、プリントだ、宿題だ、音読だと、ワーワーやることほぼ1時間。その後は宿題が終わった順に外へ飛び出して行きます。二人とも出て行ったら私も夕食の買い物に出てしまい、ウサギの餌用にくず野菜をもらっていた八百屋で立ち話をしたり、コーヒーを飲んだり、図書館に寄ったり、リサイクルショップをのぞいたりと、ごくごくフツーの主婦をしていました。

帰ってくるなり夕食の下ごしらえをしながら洗濯物を取り入れ、学校からのプリントやメールに目を通しているうちに6時近くなってしまうので、そこからは料理体勢に入ります。お客さんでもない限り食事は毎晩私が作っていましたが、姑は口に合わないものもあっただろうに、カレーやマカロニサラダといったお子様メニューにも手を伸ばし、親子丼だけを「食べられない」と言った以外、文句一つ言わずに食べてくれました。二人とも関東出身で味の好みが似ていることは幸いだったかもしれません。味噌は赤味噌、煮物は醤油煮で、紅茶の「レディーグレー」やお酢、無類のナス好きなところも共通していたので、しょっちゅう二人で午後ティーをしては世間話に花を咲かせ、食卓にはナス料理が上がりました。

夕食の後は私が片付けに立ち、それが済むや子供を風呂に入れ、布団を敷いたりして9時にはお休み前の読み聞かせが始まり、9時半就寝。ここからがやっと私一人の時間となります。10時過ぎにはお風呂に入り、入ったあとは約束通りにお湯を全部抜き、せっせと湯船、桶、壁を洗ってお湯を張り直します。洗面所を使うのもこの時間が最後になるので、歯を磨き、足拭きマットを取り替え、自分たちが使ったバスタオルとコンタクトレンズ一式を引き揚げ、最後に姑が嫌がる髪の毛が落ちていないかをチェックして、たいがいはテレビを見ている姑に「お湯が入りました〜」と挨拶してから、部屋に引き取ります。

12時近くにテレビ番組が終わる頃、やおら姑の掃除が始まります。私は部屋にいるので、どういう順番で何をしているのか詳しくはわかりませんが、リビング、廊下の拭き掃除から玄関、キッチン周りへと進み、翌朝出すゴミが一袋にまとめられ、1時過ぎにはトイレの掃除に取りかかっていたようです。その時間はトイレが使えなくなるので私も心づもりができていて、だいたいその頃には就寝するようにしていました。しかし、母の掃除はその後も続き、長年やってきたヨガを軽くして2時にいよいよ入浴・・ということが、毎晩、毎晩繰り返されていました。

最初は驚いた姑の超夜型、潔癖型の「朝閑夕忙」生活ですが、実にあっさり慣れました。私は私でやるべきことはできる限り午前中に済ませ、午後は子供のために時間を空け、夜は自分のために使いたかったので、姑とは正反対の「朝忙夕閑」生活を送っていました。お互い相手の生活習慣を尊重し合い、忙しそうにしている相手に「大変(です)ねぇ」と声をかけこそすれ、ヘンに手伝おうとしなかったことがむしろ良かったのかもしれません。相手が誰であれ、「異なるものを受け入れること」、すべてはここから始まると思っています。それはまた、自分を受け入れてもらうほぼ唯一の道でもあるのです。(つづく)

***********************************************************************************

「マヨネーズ」 毎日、子供と一緒に泳いだり、バトミントンをしたり、歩き回ったりと健康的な生活をしている上、買い物をすれば自宅まで心臓破りの坂を登らなくてはいけないせいか、少しお腹周りがしまってきたようで、専業主婦の思わぬ効用です。ただし、彼らのように夜9時半にはバタンQというわけにもいかず、睡眠不足は相変わらず。

西蘭みこと