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Vol.0150 「香港・生活編」 〜灯りを消して〜

8月末。火星が6万年ぶりに地球に大接近しているとのこと、「せっかく、この時期に生きてるんだから・・・」と、子供と近所の子供を誘って、観光名所でもあるその名もずばり、ピークという山頂まで行ってみました。しかし、あいにくの曇り空。火星どころか星というものがまったく見えません。眼下では厚い雲の下、「百万ドルの夜景」と言われるビクトリア・ハーバーを挟んだ両岸の光の帯が、まるで地上の天の川のように色とりどりに輝いていました。

かなり前のことですが、日本を代表する大企業に手紙を書こうかと思ったことがあります。シャープ、松下、サンヨー、キャノン、日立、エプソンなどへです。内容はたった一行、「灯りを消して・・・」。「百万ドルの夜景」の一部をなす、こうした企業のネオンサインは香港の夜の顔とも言えます。特に九龍側から見た香港島のウォーターフロントに広がるネオンは、一種独特な華やかさがあります。美しい思う人も、経済の勢いを感じる人もいるかもしれません。しかし、そのスイッチを切って欲しくなったのです。

97年の京都会議で地球温暖化への取り組みとして「京都議定書」が採択された時、日本中がいっせいに温暖化につながる二酸化炭素(CO2)削減に取り組み始めました。メディアは、「電気製品を使わない時にプラグを抜いておくと、待機電力を○%削減」、「信号待ちの時のアイドリングを止めれば○%削減」と、あの手この手の削減策を披露し、そういうことに全く無関心な香港から見ていると、日本が削減目標をあっさり達成してしまうのではないかと思われるような勢いに映りました。

当時、人のいない部屋の電気を消して回ったり、暖房の設定温度を1、2度下げたりした方も多かったのではないでしょうか?西蘭家が初めて伊勢神宮に参拝した98年初、外宮から内宮へのバスが信号待ちのたびにエンジンを切っていたのを、今でも良く覚えています。エンジン音のないバスの中があんなに静かだということも、あの時初めて知り、感慨深く座っていた思い出があります。

夜の上空から見る香港は光源のように輝いており、下降してくるにつけ光の絨毯が地形に沿って山すそまで続いているのが見えてきます。海面さえも停泊する無数の船の灯りで鏡のように光っています。かつてはその不夜城の輝きに、砂漠で緑を見つけたかのように心が躍り、魅了されたものでした。しかし、97年にバブルのらせん階段を上りつめ、その巻き戻しで経済が輪を描きながら降下してくる中、私はCO2の功罪を知り、美しく見えた光の洪水が急に虚しく見えるようになりました。"Party is over"。以来、私の心の闇には、この小さな白抜きの文字が浮かび上がるようになったのです。

かつて香港の広告代理店に勤めていた頃、ネオンサインが最も"オイシイ"広告媒体の一つであることを知りました。ネオンを付けたがっている企業はごまんとあるので、設置させてくれる立地の良いビルを見つけ、両者を引き合わせることができれば、後は何もしなくても管理費という名目で毎月決まった手数料が転がり込んできます。ですから代理店は血眼になって場所を探し、ビルのオーナーも思わぬ大金が労せず手にできるので、こぞって話に乗ってきました。

その結果、ウォーターフロントの主要ビルは大企業の本社ビルでない限り、マンションでさえ企業名のついた冠を戴くことになりました。またよく耳にした、「○○社もやってるし、ぜひ我社も」というような、日系企業同士の横並び意識が香港の夜空で無用な競争を助長してきた面もあったように思います。後に韓国企業も参入し、今では中国企業でさえ、とてつもない規模のネオンを出すようになり、設置できるビル不足と景気不振から、5つ星ホテルまでもがその頭上を貸し出すようになっています。

果たしてネオンは企業イメージの向上につながっているのでしょうか?現在の中国は成長の果実を手にしつつあり、まさに発展街道を邁進中です。「小さいよりは大きく」、「暗いよりは明るく」、「遅いよりは速く」、「少ないよりは多く」・・という、どの経済先進国もが通過してきた価値観が支配的になっています。ですから、巨大な「中国石化」(サイノペック、国営石化会社)の真っ赤なネオンには強い誇りや愛着を感じているかもしれません。

しかし、すでにその過程を通過した国々の人達にとって、ネオンという広告媒体の印象は美しくてインパクトのあるプラスのものから、大量の電力消費が避けられないマイナスのものへと変わってきてはいないでしょうか?少なくとも私に限っては、そうです。5年前までは今の中国人と大差なく、夜空に広がる人工的なきらめきに香港のバイタリティーを感じ、きれいだと感動していたものでした。しかし、今となっては、思うことはただ一つ。「どうか、灯りを消してください―――」

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「マヨネーズ」 9月に入り、5ヶ月ぶりに平日に一人の時間ができホッとしてます。夫に「昼寝でもしたら?」と勧められましたが、もったいなくて寝てなんていられません!ずっとしたかった移住に向けての抜本的な持ち物点検や部屋の模様替えなど、通常の家事以外にもやることは目白押し。専業主婦をしている友人からは、「そうは言っても、そのうち時間を持て余しちゃうかもよ」と言われましたが、ジム、ガラスペインティング、ボランティアのベビーシッター、ジョギング、中国組み紐、ヨガ、子供の学校の手伝いなどやってみたいことばかりで、かなったばかりの長年の夢はまだまだ食い尽くせそうにありません。

西蘭みこと