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Vol.0160 「NZ編」 〜珊瑚と嵐と白いリボン その3〜

61歳のジョン・ローズはバイクに飛び乗り、自宅から14キロ離れたニュージーランド北島最南端のフェザーストンにやって来ました。彼はその町で行方不明になった6才の女の子、コーラル・エレン・バロウズを探しに来たのです。しかし、捜索に加わった9月18日の翌日、小さなコーラルは遺体で発見されました。失踪からの10日間、捜索隊に加わったボランティアは連日60人を数えましたが、みなの願い虚しく、コーラルの笑顔は二度と戻ってきませんでした。

ローズと一緒だったボランティアの中には南島のクライストチャーチから飛行機で飛んできた人や、仕事の休みを利用して駆けつけたニュージーランド航空のパイロットもいました。北島のワインの産地、ホークスベイからヒッチハイクできた人は、「コーラルの捜索を手伝いに行きます」というサインボードを掲げただけで、たくさんの車が彼を乗せようと列をなしたと語っています。コーラルの実父の隣人たちは、彼の留守宅を守り、ペットの世話を引き受けてくれました。

こうした人々が口を揃えて言ったことは、「テレビを観ているうちに、何かしなくてはいけないと思い始めた」ということです。多くの人が報道に接し、取りも直さず遠路もいとわずにやってきたのです。もちろん地元の人たちも、大雨の中で1日12時間にも上った厳しい捜索活動に積極的に参加しました。酪農家でサウス・ワイララパ区議でもある55歳のポーキー・セクストンもその一人で、一帯を熟知した彼は警察とボランティアの橋渡しという重要な役割を買ってでました。

11歳と13歳の娘がいる養鹿業を営むフィル・グレイは、「これは一つの人助け。もしも逆の立場だったら他人に手伝ってもらいたいだろう?」と言い、3歳の子を持つ大工のマシュー・タイスハーストも、「子供がいたら、(コーラルの)家族がどう感じているかわかるだろう」と1日の仕事を棒に振って、ともにボランティアの隊列に加わりました。こうした善意の人たちが、ごく普通にいるのがNZという国なのです。

コーラルを救うことはできなかったものの、惜しげもなく差し出された無数の手に、遺族や警察のみならず、フェザーストンの人々、ひいては国民全体がどれほど慰められたことでしょうか。こうした善意はコーラルの命を奪った絶対悪の対極をなすものです。私は記事を追いながら、いざとなればこれだけの善意に期待できる社会というものを羨ましく、心強く思いました。

しかし、これはNZの光の部分でしかありません。光があれば当然その影もあります。奇しくもコーラル捜索中の9月18日、ユニセフ(国連児童基金)は最新統計を発表し、経済協力開発機構(OECD)加盟国(27カ国)中の「児童虐待による死亡数」(15歳以下の人口10万人当たり)で、NZが第3位になったことを明らかにしました。人数で見ると人口10万人当たり1.3人で、アメリカとメキシコの2.2人に次ぐものでした。

ユニセフは児童虐待に密接に関連する要因として、貧困やストレス、薬物やアルコール摂取を挙げています。実際、NZは近年の貧困層拡大に悩まされており、代表的な覚せい剤であるメタンフェタミン(通称"ヒロポン"。"アイス"、"スピード"、"エクスタシー"もこの種類。NZでは「P」と総称)の使用が急速に広まっていることも深刻な社会問題となっています。こうした現状は紛れもなく、豊かな自然に恵まれた平和な国のダークサイドなのです。コーラル殺害の容疑で逮捕された継父にも「P」の関与がささやかれており、警察もこうした風聞を否定していません。

クラーク首相はユニセフのレポートについて、「我が国が望む評価とはほど遠く、我々は子供への暴力と無策という深刻な問題を抱えており、これに真剣に取り組まなくてはならない」と危機感を募らせています。同時に、現在の「刑法59条」で認められている、"妥当"と見なされる場合における親による子供への体罰の見直しにも言及したものの、この件に関しては各界からさまざまな意見が噴出しており、コーラルの家族も一家の不幸と法改正との関連付けに強く反発しています。

いずれにしても、コーラルが命を賭して示した子供への暴力の存在に対し、彼女の捜索に駆けつけた人たちが感じたように、「何かしなくてはいけない」時に来ているようです。本来、温かく思いやりのあるNZ社会が、あぶり出された影の部分に真摯に向き合っていくことを期待しています。どんなに急いだところで、逝ってしまったコーラルに追いつくことはできませんが、彼女を救おうとした善意の気持ちが、彼女を追いかねない危険な境遇にある子供たちへの新たな救いの手となるよう祈っています。あらゆる子供たちがコーラルに代わって、末長く幸せに暮らしていけるよう、私は大人の一人として精一杯の責任を果たしていくことを亡きコーラルに誓います。

<写真はボランティアのジョン・ローズ。マーク・ミッチェル撮影。NZヘラルド(インターネット版)より>

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「マヨネーズ」 専業主婦になって子供と過ごす時間が大幅に増えました。その中で思うことは、「子供って本当に可愛い!」ということです。この発見はむしろ、自分の子に対してというよりも他の子供に対してのものでした。「On's mom」 、「ぜんくんのママ〜」と駆け寄ってきてくれる姿は、背中に羽がないのが不思議なくらい愛らしいものです。子供は家族のものですが、間違いなく社会のものでもあることを日々実感しています。

西蘭みこと