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Vol.0166 「生活編」 〜シンガポールの成人病〜

「西蘭花通信」を始めるに当たって、一つ心に決めていたことがあります。「ネガティブなことは書かない」ということです。それが何らかの主張を伴うものでも、否定的な内容が心に響いたり、何かの役に立ったりする可能性は低い上、私の性格にもメールの趣旨にも合わないと思えたからです。しかし、今回、あえてそのタブーを破ってみます。きっかけは、前回の「ここであえてアジア礼賛」を配信した直後に受け取った、古くからの友人であり、熱心にメルマガを読んでくれているらしいシンガポール在住の友人からのメールでした。

私も3年ほどあの国に住んでいたので、メールにあった経験や周りの反応が、居合わせたかのようによくわかりました。そして、これこそが私たちアジア人が決して踏んではいけない徹であり、越えてしまった時点で自滅的な自己矛盾に陥る一線でもあると思えたので、彼女の許可を得て、あえて転載させてもらうことにします。内容はネガティブですが、自らの足元を再確認し、何かを学んでいけるのではないかと思います。特に子育て中の身として、子供たちを導く先を、彼らが見つめる自分の背中を誤らないためにも、深く考えていきたいテーマです。メールをくれた友人に深く感謝します。(以下、メールの抜粋より)

子供を連れて幼稚園のオープンデーをはしごしたことがあります。そのうちの一つが若い女性の中国系園長の幼稚園で、彼女は典型的"バナナン・シンガポーリアン"でした。説明会の参加者で私達は唯一の日本人、他は中国系3組、インド系2組、白人系2組でした。園長は挨拶をする前にいきなり私たちに指を突きつけ、「説明はすべて英語です。わかるんですか!?」と、驚くほどの強い調子でした。その後もすべて同様で、白人にはスマイルで中国系には威厳を持って、明らかにインド系と私たちを侮蔑するような態度でした。

彼女の繰り返した言葉が「私達ホワイトは・・・・」でしたが、英語の発音は明らかにシングリッシュ。私はむっとするより、彼女の余裕のなさを感じました。他の先生方も異様に暗く、笑顔を見ることもなかったので早々見切りをつけました。子供に対しても「日本人の子は英語が出来ないので迷惑になる」と他の親に説明してました。ところが私の子供は近所の幼稚園に通って半年経っていたためちゃんと反応。同席のイギリス人男性に「彼はわかってると思うけど」と言われると、彼に向かっては笑顔で、「そうですねー。この子の場合は。でも普通日本人と韓国人は・・・」と言い、私はほとんどあげ足取りで、「ご迷惑になるといけないので今日は退席しますね。」と言いました。もちろん満面笑顔で。

園長は見事にちらりとこちらを見ただけで無視。顔を反対側に向けたまま「あちらの階段から出てください。」とのお言葉でした。他の親御さん達に会釈し(皆さんちゃんとにこやかに会釈を返してくれました)、階段を降りてびっくり。先のイギリス人夫妻がすぐ後ろについて来てました。すると園長が追いかけてきて、「あなた方は帰る必要はありません。まだ説明がいろいろあるのです・・・・(うんぬん)」と笑顔で彼らに話し始めました。それをご主人がさえぎって「いえ、これから用事があるので・・・・」と。瞬間、園長は私達をすごい目で睨みました。意外な展開に子供を抱えたまま私は立ち往生。

園長があきらめて戻った後、イギリス人パパは子供に向かってウィンクし、「いやぁ、軍隊みたいだったねぇ、僕!」そして奥さんに向かって「お茶でも飲んで帰ろう。」その直後インド系の一組も降りてきました。そして肩をすくめて一言。「まるで軍隊ね。」で、もう大爆笑。そのインド系の奥さんはちょっと壁にかかっていた絵に触った途端、「汚れます!触らないで下さい!」と怒鳴られ、明らかに怒ってました。これが自分達を"白人"と呼ぶいわゆる"バナナ"を身近に見た初めての経験でした。ちょっと極端な人だとは思うのですが。

友人は、「ここシンガポールでの"自分達は皮膚が黄色くても白人"という意識は、日本から来ている私には微妙に浮いて見えます。コンパクトで人工的な国ですので、"チャイナタウン"や"リトルインディア"同様、この国の経済的な成功自体も"政治経済安定"という東南アジアでは稀有なタイトルを設けたテーマパークのように見えてきます。この国の民族色を避けた無色透明感は、周囲がより貧しい国でありながらそれぞれが強烈な文化・習慣・アイデンティティーを持つことを浮き彫りにしています。」と、指摘しています。

「この国が自分達のアイデンティティーを"西洋と肩を並べる"のではなく、"西洋人になる"にしたのは、内包する多民族のベクトルを同じ方向に向ける仕方のないことだったのかもしれません。けれども"英語が出来る"、"白人文化に通じている"を唯一の尺度として他人を判断する人を30代ー40代前半に良く見かけます」という、彼女の意見には私も同感で、暮らしている時にずい分とその手の人に会いました。

これは建国38年の若い国が、中年にさしかかった際の一種のひずみ、成人病ではないかと思います。急成功とそれへの過信で身体に無理がきているのです。しかし、一国として人の一生よりもはるかに長い時を生き抜いていくつもりであれば、早々の対処が必要ではないかと思います。「アジアの奇跡」の一つを体現した優秀で美しい国だけに、シンガポール人としてだけでなく、"アジア人としての誇り"をぜひとも取り戻して欲しいものです。

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「マヨネーズ」 シンガポールは駐在員の奥さんには人気抜群です。「きれいで、物価が安くて、近代的で、英語が通じて・・・」と、理由を挙げたら切がありません。短期的に暮らすにはいい所です。しかし、こうした"住み易さ"がすべて政府主導で提供されているという実態を考えると、利用こそすれ、諸手を挙げて生涯にわたって享受していくことには危うさを感じます。人が知恵を絞らなくてもいいような仕掛けのある社会なのです。

西蘭みこと