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Vol.0203 「生活編」 〜神無刻〜

「スペインの首都マドリード3駅で列車爆破テロ、60人以上死亡」との第一報に接したのは3月11日の夕方でした。熟れた石榴(ざくろ)のように裂けた列車の写真を目にした時、スペイン政府が早々に断言していた非合法組織「バスク祖国と自由」(ETA)の犯行ではないと直感しました(ETAは即座に否定)。「これほどの規模、冷徹無比な仕業はイスラム勢に違いない。」と、思ったからです。9・11のニューヨーク、バリのナイトクラブ、ジャカルタのホテルと、彼らの一連の所業は一片の同情もない周到さで、惨事そのものが唯一、最大のメッセージとなるよう仕掛けられていましたが、今回も共通したものを感じました。 (↑テロの犠牲者にキャンドルを捧げるバルセロナ市民:ロイター写真)

7時39分:アトーチャ駅の通勤列車内で爆弾を詰めた3つのリュックサックが爆発。
7時44分:アトーチャ駅に入ってきた通勤列車内で爆弾を詰めた4つのリュックが爆発。
7時49分:サンタ・エウヘニア駅へ入ってきた通勤列車で爆弾1発を詰めた荷物が爆発。
7時54分:エル・ポソ駅で2階建て列車に仕掛けられていた2発の爆弾が爆発。

サンタ・エウヘニア駅、エル・ポソ駅はアトーチャ駅からそれぞれ14キロ、10キロの近さで、仕掛けられた全13発のうち10発が爆発しました。日本の報道では「7時半(日本時間午後3時半)過ぎから8時ごろにかけて通勤客で込み合う列車が相次いで標的となった」と報じられていましたが、実際はピタリと5分おきに4回連続で爆破されたのです。この精度の高さ、組織力、計画性には超高層ツインタワーやペンタゴンを空から正確に狙った犯行をほうふつとさせるものがあります。どこにでも宿っているはずの神が、姿を消したかのような一刻です。奇しくも事件は9・11から911日目に起こっています。

スペイン政府は当初、2月に500キロもの爆弾をETAから押収し、メンバーも拘束していたので、この過激派の犯行であることに自信を持っていました。しかし、私でも感じる位ですから、多くの人々が、「いくらバスクでも14日の総選挙かく乱のためにこれほどの打撃を与える必要性があるだろうか? 得るものより失うものの方がはるかに多いのではないか?」と素朴に感じ、外国人による犯行を早々に疑っていました。同じくバスク問題を抱えるフランスも、「ETAの犯行を示す根拠はまったくない」と宣言していました。

事件を通じ、改めてスペインの悲劇を想いました。国内にこれほどの惨事を引き起こす可能性を疑われない人々がおり、当局がとっさに彼らを犯人と断言できるほど、双方の間には修復しがたい不信感が立ちはだかっていることに気づかされたのです。13日にはスペイン当局は犯人としてモロッコ人やインド人を逮捕し、その直後にはアルカイダのスポークスマンを名乗る男性の犯行声明が録画されたテープが見つかり、事件は新たな展開を迎えました。誰の犯行であったとしても、亡くなった人が還って来ないことだけは確かです。

2階建て列車が爆破されたエル・ポソ駅では、少なくとも70人の遺体がプラットホームに散乱し、「"死のプラットホーム"とでも呼びたい惨状。遺体収容は非常に難しく、何を収容したらいいのかもわからない。」「駅舎の屋根にまで吹き飛ばされた遺体もあった」(救急隊員)。「列車はツナ缶のように切り開かれ、おびただしい血で染まった。赤ん坊がばらばらになるのを見た」(乗客)。「誰もが血を流し、吹き飛ばされた多くの人が手や足を失っていた」(店員)。「亡くなった人はみな粉々だった」(会社員)。「自分の周りは右から左まで遺体だらけだった」(乗客)。

報道は地獄絵をまざまざと描き出しています。目を反らしたくなるような光景ですが、私はあえてそうせず、事件の全容や犠牲者のことなど少しでも多くのことを知りたいと思いました。これを自分とは無関係な、遠い国での出来事として素通りしてしまうことは、間接的に次のテロを助長することになると思うからです。戦争でも飛行機事故でもなく、数百から数千人単位の人々が命を失ったり、深く傷ついたりすることに、人類はここ数年でなんと慣れてしまったことか!この世に生を受け、一生懸命に生きた最期がこれでは、あまりにも残酷すぎます。残された人々の痛みも癒えようもないほどに深いことでしょう。

12日夜(現地時間)にはスペイン全土で800万人の追悼集会が開かれ、雨の中、マドリードだけで230万人が集いました。みんなが叫んだ「我々はみな列車の乗客だ」というシュプレヒコールが胸に響きました。本当にその通りだと思います。テロリストにとって人々が無関心でいてくれるほど、好都合なことはないはずです。無差別テロは誰にでも、どこにでも起こりうるわけで、誰も無関係ではいられないのです。"あってはならないこと"が、二度と再び繰り返されないことを、犠牲者の冥福を、心から祈ります。(つづく)

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「マヨネーズ」 指定されたゴミ箱から発見されたテープは語ります。「あなた方が不正行為を止めない限り更に血が流れるであろう。今回の攻撃はあなた方が"テロリズム"と称しているこれから起きる事態に比べれば、ほんのささやかなものでしかない。」とし、爆破テロは「あなた方が世界で、具体的にはイラクとアフガニスタンで犯した罪への回答である。」としています。

"your injustices"を「お前達の不正行為」とすべきか「あなた方の不正行為」とすべきか、テープを聴いたわけではないので悩ましいところですが、文字にしたものを読む限り口汚くののしるような感情的なものは一切なく、むしろ端正な文章です。この冷静沈着さが彼らの確信の強さを忍ばせます。彼らをテロリストとして追い詰めるだけでなく、明確に主張していることに耳を傾ける勇気を持たないと、攻撃と悲劇は激しさを増すばかりのような気がします。"対話"は妥協でも、屈辱でもなく、唯一の建設的な手段と信じます。

西蘭みこと