Vol.0330 NZ・経済編 〜キウイ・ベアの冬支度W−30年前の冬〜        2005年7月27日

「スタグフレーション?」 
自分で思いついておきながら、狐につままれたようでした。"stagnation"(停滞)と"inflation"(インフレーション)をくっつけた、駄洒落のような造語。これはオイルショックなどで石油価格が高騰し生産コストが跳ね上がり、経済の停滞とインフレが同時発生するという特殊な状況を指しています。オイルショックなど記憶に残るほど大きいものとなると、人類は1、2回しか経験していないわけですから、かなり特殊な状況を指す、特殊な言葉ということになります。

インフレは通常、好景気の代名詞です。モノが売れ、品薄感が出て便乗値上げなどあれば、物価は黙っていてもどんどん上がっていきます。モノとカネが動けば、ヒトも動きます。業績好調な企業が給料を上げ、雇用を拡大します。持っている家や株が値上がりし、しばらくはいいことずくめです。しかし、インフレを放っておいたら大変なことになりますので、必ず中央銀行が乗り出してきます。金利を引き上げ、企業や個人の借金のコストを釣り上げ、景気過熱感に水を差します。

一方の景気停滞は不況そのものです。インフレ退治のために金利を上げ続ければ、借り入れのある企業や個人が金利負担で苦しくなります。物価上昇が落ち着きさえすれば利下げとなるはずですが、"何かの事情"で金利を下げられずにいたり、タイミングを誤ったりすると景気は停滞し、"R文字"と英語で言われる、恐るべき"recession"(景気後退)に陥ります。つまりマイナス成長です。本来伸びていくはずのものがことごとく前年割れとなり、企業では減益や赤字転落、個人では減給や失業などが現実となります。当然ながら、不動産や株などインフレ時にはウハウハだったものが一気に値下がりし、価値は急減。しかし、住宅ローンなど借金だけはビタ一文減らない・・という状態になったりします。

その「インフレ」と「停滞」がセットでやってくるのがスタグフレーションです。原油高で生産コストが暴騰、コスト上昇分を吸収できなくなった製造業者がその分を商品価格に上乗せすれば、あっさりインフレが起きます。ただし、値上げはコストの転嫁なので、製造業者が儲かるわけではありません。それどころか値上げで売れ行き不振になれば、在庫を抱えて立ち行かなくなってしまいます。経済成長を意味しない、「悪いインフレ」の典型です。こうした状況は金利を下げられない"何かの事情"の一つになりましょう(他には通貨防衛なども)。

インフレが収まらない限り高金利が続き、経済活動にブレーキがかかり、ヒト・モノ・カネの流れから消費者心理まで、何もかもが萎縮します。商品によっては目を剥くような値上げとなり、消費が混乱しパニックが起きるかもしれません。「お一人様一点限り」のトイレットペーパーに人が殺到し、謳歌していた高度経済成長がマイナス成長に転落した1974年の第一次オイルショック時の日本は、まさにスタグフレーション下にありました。

トイレットペーパーに砂糖袋、石鹸まで持たされ、長蛇のレジに「お一人様」として並ばされていた私は、子どもならではの素直さで周囲の狂乱を虚しく感じていました。「どうして石油がなくなるとお砂糖もなくなるの?」 その素朴な問いかけに、大人はきちんと答えられないまま我も我もと先を争って何年分もの砂糖を買い込んでいたのです。キウイ・ベアは30年前の寒い寒い冬を知っています。そして今でもよく覚えています。

造語でも使い込んでいるうちに人工的な印象が消えてしまうものもあります。しかし、スタグフレーションは出番が少ないのと、妙に上手くできている分、かえってあざとさを感じる言葉です。その分、「あぁ、あれはあくまでもオイルショックという特殊な状況下での特殊な事態で・・・」とどこかに言い訳の余地を許し、それ以上深く考えなくてもよさそうな雰囲気さえ漂わせています。時間の経過とともに、経済史上の一つの史実としてちんまり収まり、「過去の話」と言わんばかりのニュアンスも感じます。

しかし、現在の原油高、これがオイルショックでなくて何でしょう? 私たちがニュージーランドに移住してきた1年前、確かガソリンはリッター当たり1ニュージーランド・ドル(約80円)を切っていました。それが原油高に連れ、あれよあれよと上昇し今では1.379ドル! 4割近い値上がりです。パン一つ買いに行くにもクルマ、子どもが学校に行くのもクルマ、出勤もクルマという超がつくクルマ社会で、これだけの値上りが大きな社会問題ともならずに受け入れられているのは驚くべきことです。近年まれに見る景況感と、ニュージーランド・ドル(キウイ)高が感覚を鈍らせているとしか思えません。
(←シティーにて)

今の状況では10%でもキウイ安になったら、リッター当たり1.5ドルを軽く突破する勢いです。値上がり分は製造、物流、家計すべてに反映してくるでしょう。そして供給サイドがコストを吸収できなくなったその瞬間、一斉に値上げが始まるはずです。そうなればインフレ率は中銀の定める3%上限などあっさり突き破り(現在は2.8%)、企業家心理も消費者心理も冷え込む中、利上げが継続され・・・と、"R文字"より怖い"S文字"が現実味を帯びはしないでしょうか? キウイ・ベアは今日もモヤシの味噌汁を作りながら2割、4割、5割という値上がりの意味を噛みしめています。(不定期でつづく)

******************************************************************************************

「マヨネーズ」 ミニ・オイルショックはタイやインドネシアで始まっています。天然ガスや石油が出るこれらの国々で、です。石油は国際商品ゆえ世界的に価格が均一化しているため、国民一人当たりの所得が低い国ではより高くつきます。そのため問題がより早く表面化しやすいのでしょう。経済先進国にとり、これは対岸の火事ではないと思っています。

石油・エネルギー問題については、最近のメルマガ「ライフ・アフター・オイル」をどうぞ。

西蘭みこと